近年の地域防災の取り組み
近年,東日本大震災や西日本豪雨など深刻な災害が頻発していることから,住民が地域の災害の危険性を認識し,災害時の安全確保や避難行動に繋げることを目的に,地域防災に関わる共助の取り組み(防災訓練,災害学習会,防災リーダー育成など)が各地で盛んに行われるようになってきた.
その取り組みの一環として,地域に残る災害の記憶を風化させないために,災害の記録や伝承を編纂して後世に伝える仕組みを作っていくことは,地域特有の災害を具体的に把握して将来の災害に備える意味で極めて重要である.最近では,何世代も前に起こった災害と関連する石碑,神社,水神などの地域遺産に着目し,それらの防災上の役割を調査して,今後の防災に有効活用することを目指した研究や取り組みが注目されている.
石碑について
歴史的に土石流が頻発する広島県では,当時の土石流災害や水害の記録を伝える石碑が過去の災害の被災地内(河川沿いなど)に建立されている1).その中で,2018年の西日本豪雨の被災地である広島県坂町小屋浦地区にも石碑が存在している.その地区では,明治時代の1907年に土石流を伴った河川の氾濫で46名の犠牲者を出す災害が発生し,その様子を伝える石碑が1910年に建立されている2).それから約100年経過した2018年に15名の犠牲者を出す深刻な災害が再び発生した.
広島県の石碑の記載内容3)を確認すると,復旧を記念する石碑,犠牲者を慰霊する石碑,災害の経験と教訓を次世代に伝える石碑など建立意図は様々であるが,共通して当時の災害の様子が記されている.従って,現存する石碑は今日の防災にも重要な役割を果たすことができる貴重な遺産と言える.石碑の防災への活用例を見ると,石碑のある地域の公民館で災害の追悼式に併せて災害訓練を実施した取り組み1)や,徳島県の防災教育の一環として,小学校の高学年の生徒が低学年に津波に関する碑文の読み聞かせを行う取り組み4)などがある.また,現在,自然災害伝承碑に遺された過去の貴重なメッセージを地域の防災に活かすことを目的に,各地の伝承碑を登録する取り組み(国土地理院)も行われている5).
神社について
また,神社も防災上の役割を果たす側面を持っている.例えば,2011年3月11日,東日本大震災の際,海岸線近傍の高台に立地した神社は津波の被害を受けず,その後避難所として活用された.これは,地域住民が数世代にわたり津波の状況を記録し,安全な場所に神社を祀ったためと推測される6).また,宮城県の仙南平野では,神社が水害に対して安全な微高地上に立地していることもわかった7).さらに,洪水から集落や耕地を守るために周囲を堤防で囲んだ輪中集落にも,防災の役割を持つ神社が存在する.岐阜県安八郡輪之内町の上大博地区では,水害を避けるために,家屋よりも高い位置に穀物や家財道具などを保管,貯蔵し,避難場所としても使われる水屋,そして,盛土して小高くした助命壇が設けられているが,その地区に鎮座する神明神社も盛土されており,助命壇としての機能を持っていた8).このように,避難場所などの立地面で防災上の役割を担っている神社が存在していることがわかる.
水神について
一方,水神に関しても,石碑や神社と同様に防災上の役割を担うことができないだろうか?まず,水神の存在意義とは何かについての知見を紹介する.水神とは,水に関係するキーワード(洪水や渇水等の付く言葉,井戸,川,池など)に対して具体的な役割と影響力を持つ存在で,龍神,蛇,河童などが水神の主体として挙げられる9).その役割と影響力から水神信仰の種類10), 11), 12)を挙げると,飲料水の守護神としての水神,灌漑用水に関わる水神,雨乞いの役割を持った水神,水難除け・防水の神としての水神,大漁や漁業の安全に関わる水神,河童の伝承と関わる水神など多岐にわたる.そのため,水神の性格を一括して述べることができない13).従って,水神の防災への活用を考える際には,水神が災害と関連して祀られているのかどうかを地域住民から得られる情報に基づいて判断することが必要になってくる.
災害と関連する水神について
ここで,災害と関連する水神はどんな特徴を持っているのかについて調べた既往研究を紹介する.茨城県では,久慈川,鬼怒川,霞ヶ浦,北浦など河川,湖沼の岸に水神の祠が多く,洪水の難から村を守る神として祀られている14).また,静岡県大井川下流域では,水防の神として水神を祀り,洪水の被害が大きい場所に水神社が多く祀られている15).さらに,輪中集落でも,決壊地点に水神社や決壊守護神(水神)が祀られている16).その他,水神が伝説と繋がっている事例もある.利根川布鎌地区では,水神様が白馬に乗って堤防を見回ったおかげで洪水の難から逃れることができたという伝説が残っており,堤防の守護神として水神が祀られている 17).
既往研究のまとめ
以上の事例研究は,過去に氾濫を繰り返してきた河川の中流域や下流域に祀られた水神に関するもので,その報告例は多い.一方,土石流を含んだ氾濫の危険性がある河川上流域の谷筋にも水神が祀られている18).しかし,河川上流域の水神と災害との関連を調べた既往研究については,筆者らが調べる限りでは見当たらない.河川上流域の中山間地が豪雨発生時に最も早く被害を受ける場所に位置することを考慮すると,その地域の水神と災害との関連性を明らかにすることは,その地域の人々が災害とどのように向き合ってきたのかを知る上で意義が大きいと考えられる.
参考文献
1)小山耕平・熊原康博・藤本理志:広島県内の洪水・土砂災害に関する石碑の特徴と防災上の意義,地理科学, 72, No.1, pp. 1-18, 2017.
2)坂町史編さん委員会:坂町史 通史(考古~近代)編,広島県坂町, , 2013.
3)藤本理志・小山耕平・熊原康博:広島県内における水害碑の碑文資料,広島大学総合博物館研究報告, 8, pp.91-113, 2016.
4)井若和久・上月康則・山中亮一・田邊晋・村上仁士:徳島県における地震・津波碑の価値と活用について,土木学会論文集B2(海岸工学), Vol. 67, No. 2, pp. 1261-1265, 2011.
5)国土地理院,自然災害伝承碑,https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/denshouhi.html,2019年10月1日.
6)宇多高明・三波俊郎・星上幸良・酒井和也:2011年大津波の災害と被災を免れた神社,土木学会論文集B3(海洋開発), Vol.68, No.2, pp. 43-48, 2012.
7)宮坂知成・中井祐・尾崎信:微地形と水害に着目した仙南平野の神社立地特性,景観・デザイン研究講演集,8, pp. 235-240, 2012.
8)中嶋伸恵・田中尚人・秋山孝正:水防意識に基づいた輪中地域の景観変容に関する研究,土木史研究論文集, 24, pp. 53-61, 2005.
9)平松登志樹:水神様の役割に関する研究,日本民族学, 193, pp. 192-201, 1993.
10)直江廣治:利根川流域における水神信仰,人類科学, 22, pp. 186-198, 1969.
11)高原三郎:大分の雨乞,高原三郎, 299-318, 1984.
12)田主丸町誌編集委員会:田主丸町誌 川の記憶,田主丸町, 第一巻, 399-465, 1996.
13)民俗学研究所編:民俗学辞典,東京堂出版,304-305, 1951.
14)高谷重夫:雨の神―信仰と伝説,民族民芸双書,, 1984.
15)矢澤和宏:大井川流域における水神信仰の地域性,駒沢地理, Vol. 25, pp. 115-138, 1989.
16)安藤萬壽男 編:輪中―その展開と構造―,古今書院, 216-224, 1975.
17)鳥越皓之編:環境の日本史⑤ 自然利用と破壊―近現代と民族―,吉川弘文館, 200-226, 2013.
18)建設省延岡工事事務所:水郷「のべおか」のまちづくり 水神さまガイドブック,建設省延岡工事事務所,