環境DNA分析手法は、①サンプリング・ろ過(DNAの濃縮)、②環境DNAの抽出、③環境DNAの抽出の3つの工程に大別されます。
採水・ろ過
環境DNA分析を行う際に初めに行うことは、採水とその後のDNA濃縮です。水サンプルに含まれるDNAの濃縮方法として、一般的には多くのサンプルを処理できるろ過が用いられます。
採水に際して、サンプルを持ち帰ってろ過を行う場合は、水サンプルを保存する容器と採水を行うための道具が必要となります。採水量については、特に規定量はありませんが、それほど懸濁物の多くない一般的な河川や沿岸であれば、多くの研究で1L以上の採水・ろ過が行われています。
採水後、あるいはろ過後にはDNAの分解を防ぐために保存試薬を添加することが多いです。
また、現場でのコンタミネーションを検出するために、あらかじめ蒸留水を採水ボトルに入れて、フィールドコントロールとして現場に持って行き、サンプルと同様に扱い、後にそのサンプルからはDNAがほとんど検出されないことを確認する作業が必要となります。
日本での環境DNA研究では入手しやすいBACやRNAlaterが保存試薬として主に用いられます。
採水後のろ過はろ紙を用いたろ過とカートリッジフィルターを用いたろ過に大別されます。日本では主に粒子保持機能0.7μmのガラスファイバーが用いられています。
カートリッジフィルターを用いたろ過では、ルアーロック付きシリンジとカートリッジフィルターを用いることで電源などを必要とせずにろ過を行うことができます。
ろ過後のカートリッジフィルターは、-20℃以下での保存を行います。
環境DNAの抽出
DNAの抽出はPCRなどと異なりやり直しができず、抽出の結果次第でそれ以降の分析に大きな影響を及ぼすため、特に注意が必要な作業になります。
環境DNAを抽出する方法として、現在多く使われている手法は、DNeasy Blood & Tissue Kit を用いた抽出法で、日本の環境DNA分析においてもこのキットが主に用いられてきています。
環境DNAの検出方法
環境DNAの検出には主に、
①エンドポイントPCRおよび電気泳動
②リアルタイムPCR
③デジタルPCR
④超並列シーケンス
の4つの方法が用いられてきました。
①~③は基本的に単一の種を対象とした種特異検出、④は特定の分類群(魚類など)をまとめて検出する網羅的検出と呼ばれます。いずれの検出法も対象種(もしくは対象分類群)に合わせたプライマーの設計および使用が求められます。
種特異検出は、特定の種を対象とし、その種のDNAがサンプル中に含まれるかどうか、もしくはどれくらいの量があるかを測定することを目的とします。
①~③のどの手法でもDNAを定性的に検出(在・不在)できますが、リアルタイムPCRもしくはデジタルPCRを用いることで、DNAの定量的な検出も可能となります。
網羅的検出は、ある対象分類群をまとめて増幅するプライマー(ユニバーサルプライマー)と超並列シークエンスを用いることで、対象となる分類群に属する種を網羅的に検出することができます。そのため、調査地にどのような魚類が生息しているかのモニタリングなどに用いられます。この手法は種特異検出に比べて、定量的なデータを得ることは困難ですが、近年定量的活網羅的な解析の試みとして、ランダムシークエンスによる確率的ラベリングを用いた方法(Hoshino & Inagaki, 2017)やスタンダードDNAを添加する方法(Ushio et al., 2018)が報告されています。
①PCRと電気泳動を用いた環境DNAの検出
この手法は、リアルタイムPCRやデジタルPCRを用いた方法よりも安価に実施することができます。
一方、得られるデータは電気泳動で確認されるバンドの有無から判断される対象種の在・不在データであり、繰り返し数やバンドの濃淡から判定量的な情報が得られる場合もあるものの、定量性はほぼないと見られています。また、電気泳動時、高濃度の標的配列を含むPCR産物を扱う際に、他のサンプルや実験器具を汚染してしまう危険があり、注意が必要となります。
②リアルタイムPCRを用いた環境DNAの検出
近年の種特異的な環境DNA分析では、蛍光色素を利用するリアルタイムPCRを用いた検出が主流になっています。
従来のPCRと電気泳動を用いる手法に比べて、リアルタイムPCRはDNAの検出感度や特異性、定量性を向上させることができます。さらに、コンタミネーションの危険が少ないという利点もあります。
リアルタイムPCRは外来種や希少種を対象とした広範囲のモニタリングなどに用いられています。
リアルタイムPCR法を用いた種特異的検出は、多サンプルを短時間で分析できることから、広域における外来魚などの分布推定や希少種の探索などに適しています。
また、リアルタイムPCRではサンプルと同時に濃度既知のスタンダードDNAを分析することにより、濃度道のサンプルに含まれるDNAの濃度を定量することができます。
このような手法を定量PCR(qPCR)と呼びます。
定量PCRで得られた環境DNA濃度は個体数や生物量と相関する事例が多数報告されており、在・不在のみならず生物量・個体数の推定への応用が期待されています。
③デジタルPCRを用いた環境DNAの検出
第3世代PCRと呼ばれるデジタルPCRも、近年環境DNAの分野で用いられています。
この手法はリアルタイムPCR法よりも定量精度が高いと言われていて、加えて定量スタンダードを必要とせず定量が行える点も大きな利点です。
デジタルPCRは環境DNA分析においても精度や感度の面でリアルタイムPCRを上回る可能性があり、さらなる応用が期待されています。
④超並列シークエンスを用いた環境DNAの検出(環境DNAメタバーコーディング法)
超並列シークエンスを用いた複数種の網羅的な検出法です。
対象分類群に共通する塩基配列領域に設計されたユニバーサルプライマーと呼ばれるプライマーを用いることで、対象分類群に含まれる対象種のDNAをまとめてPCRで増幅します。その増幅産物を超並列シークエンスにより網羅的に配列決定します。
読み取られた配列はその後、それぞれがデータベースに登録されている配列と照合されることで種が推定されます。
現在環境DNA分析で主流なのはIllumina社のシークエンサーです。
環境DNAメタバーコーディング法で用いられるユニバーサルプライマーとして最も有名なのの一つがMiya et al(2015)で魚類を対象として開発されたMiFishプライマーです。
環境DNAメタバーコーディングは採捕調査や目視調査のような従来の調査と比較して低コストで生物モニタリングが可能な点で効率的であることが示されています。
コンタミネーションとその対策
環境DNA分析手法では、その検出感度の高さゆえに、DNAのコンタミネーションに気をつける必要があります。
実験操作中のDNAのコンタミネーションは偽陽性の主要因のひとつです。
コンタミネーション防止のため、実験中は常に使い捨ての手袋を着用するとともに、機器類を塩素系漂白剤で除染するなど、最大限の注意を払う必要があります。
また、フィールドコントロールやろ過コントロール、PCRネガティブコントロールを適宜設定し、コンタミネーションが生じた段階・その原因を把握できる実験設計下でそれぞれの工程を行うことが必要となります。
出典元
環境DNA 生態系の真の姿を読み解く(一般財団法人 環境DNA学会)