木曽三川周辺地域における災害伝承・災害文化と住民意識との関係:愛知県一宮市起地区・朝日地区を事例に(文献紹介)

概要

本研究は、木曽三川周辺地域の愛知県一宮市において、地域に伝わる洪水災害の伝承が、住民の防災意識に与える影響について調査しました。調査地域としては、一宮市起地区と朝日地区が選ばれました。洪水災害の歴史や伝承が豊富に残るこれらの地域でアンケート調査を行い、住民の災害意識と災害伝承の関連を分析しました。本研究は、地域の防災対策の現状や災害伝承の重要性について考察し、地域防災の改善に向けた提言を行っています。

 

背景

日本では近年、2018年の西日本豪雨や2019年の令和元年東日本台風など、洪水災害が頻発しており、防災対策の重要性が再認識されています。また、過去の災害伝承が地域住民を守る手段として注目されており、2021年には国土地理院が「自然災害伝承碑」を地形図に表示するようになりました。加えて、2022年度からは高等学校での「地理総合」必修化に伴い、「防災教育」が強化されることが決定されています。しかしながら、災害伝承と地域住民の防災意識との関連については、これまでの研究では十分に解明されていません。

 

目的

本研究の目的は、木曽三川周辺地域に伝わる洪水災害に関する伝承が、地域住民の防災意識にどのような影響を与えているかを明らかにすることです。特に、愛知県一宮市の起地区と朝日地区を対象に、住民の洪水災害に対する意識と、災害伝承との関連性を調査・分析しました。

調査対象地域

 

手法

まず、郷土資料や国土交通省木曽川下流河川事務所が発行している資料を基に、木曽三川周辺の災害伝承について情報を収集しました。そして、人口データを基に65歳以上の人口が多く、地域の災害伝承が受け継がれていると考えられる一宮市起地区と朝日地区を調査対象地域として選定しました。

 

一宮市の危機管理課や博物館、歴史資料館の関係者への聞き取り調査を行い、洪水対策や過去の洪水災害についての情報を収集しました。その後、アンケート調査を実施し、310世帯の起地区と341世帯の朝日地区の住民に洪水災害への意識と災害伝承に関する質問を行いました。アンケート調査の期間は2021年10月18日から10月31日で、ポスティング形式でアンケートを配布し、郵送により回収しました。

 

結果

アンケートの結果、起地区では81%の住民が洪水災害の伝承を知っており、朝日地区では6%の住民が伝承を知っていると回答しました。災害伝承に対する興味については、起地区の64%、朝日地区の41%が「興味がある」と答えました。さらに、伝承が防災意識向上に役立つと考える住民は、起地区で64%、朝日地区で50%にのぼりました。また、伝承をどのように伝えていくべきかについては、学校での授業が最も多く選ばれました(起地区で71人、朝日地区で51人)。

 

洪水災害の経験については、起地区では23人、朝日地区では16人が洪水を経験しており、特に床下浸水が多く報告されました。洪水災害への対策としては、備蓄が最も多く実施されており、起地区では45人、朝日地区では44人が備蓄を行っていると回答しました。一方で、具体的な洪水災害への対策を実施していない住民も多く、起地区で41人、朝日地区で33人が「特に対策をしていない」と答えました。

浸水被害状況

 

洪水対策

 

考察

結果から、洪水災害の経験がある住民の方が防災意識が高いことが示されましたが、それでも多くの住民は洪水災害への対策を十分に行っていないことが明らかになりました。この背景には、大規模な洪水災害が過去60年間発生しておらず、住民が河川の決壊よりも内水氾濫のリスクに対する意識が低いことが考えられます。

 

また、災害伝承は、地域に残る史跡や碑などの具体的な形で残されている場合、その認識度が高くなることがわかりました。起地区では「起の人柱観音」が祀られており、その存在が災害伝承の認識を高めています。一方で、朝日地区では災害に関連する史跡が少なく、災害伝承の認知度が低いことが確認されました。

 

災害伝承をどのように伝えるべきかについては、学校教育の中で活用することが効果的であるという住民の意見が多く見られました。災害伝承は、地域の防災意識を高めるための重要なツールとなり得ると考えられます。

 

結論

本研究から、木曽三川周辺地域の災害伝承が住民の防災意識に一定の影響を与えていることが明らかになりました。特に、具体的な災害伝承が残っている地域では、住民の災害意識が高くなる傾向が見られました。しかしながら、洪水災害に対する具体的な対策が十分に取られていないことが問題として浮かび上がりました。今後は、災害伝承を活用した防災教育を地域全体で推進し、住民の防災意識をさらに高める取り組みが必要です。

 

災害伝承を継承し、次世代に伝えるためには、学校での教育や地域の行事などを通じて、住民一人ひとりが地域の歴史と災害の教訓を共有する機会を増やすことが重要です。また、地域住民の自主的な防災活動を支援し、災害に強い地域社会を築くための具体的な対策が求められます。災害伝承を通じて地域の結束を強め、将来的な災害に対する備えを強化することが重要な課題です。

 

出典

http://54.64.218.200/dspace/bitstream/11133/4041/3/%E9%98%B2%E7%81%BD18%E5%8F%B7%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%A0%B1%E5%91%8A10%28p53-p56%29.pdf

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