GISおよびeDNA解析を用いたマレーシア、テレンガヌ州におけるCherax quadricarinatusの生息地分布パターンの予測(英語論文紹介)

概要

本論文は、マレーシアのテレンガヌ州において、侵入生物であるオーストラリアン・レッドクローザリガニ(Cherax quadricarinatus)の生息地分布パターンを予測するために、GIS(地理情報システム)およびeDNA(環境DNA)解析を用いた研究を行っています。C. quadricarinatusは、強靭かつ高い適応能力を持ち、侵入先で生態系のバランスを崩し、経済的損失をもたらすことが知られています。本研究の目的は、この侵入種の分布を予測し、さらにその広がりを抑制するための対策を示すことにあります。

 

背景

Cherax quadricarinatusは、オーストラリアおよびニューギニアを原産とする淡水ザリガニであり、その強靭な体質と環境適応力から、世界中の熱帯・亜熱帯地域に侵入し、現地の生態系や経済に悪影響を及ぼしています。特にマレーシアにおいては、観賞魚産業や水産養殖業での需要から商業的に導入された経緯があり、現在では自然環境にも定着しています。このザリガニは、現地の生物と競合し、食物連鎖や生態系の構造に重大な影響を与えるため、侵入の初期段階での調査や制御が求められています。

 

目的

本研究の目的は、マレーシア、テレンガヌ州のフェルダ・テナン地区におけるC. quadricarinatusの生息地分布を予測し、その拡散パターンを明らかにすることです。これにより、侵入拡大のリスクが高い地域を特定し、適切な対策を講じるための基礎データを提供することを目指しています。

研究対象地

 

手法

本研究では、フェルダ・テナン地区を対象に、24箇所のサンプリング地点から水を採取し、eDNA解析を行いました。サンプリング地点は、地形や高度に基づいて「レッドゾーン」「ブルーゾーン」「イエローゾーン」「グリーンゾーン」の4つに区分され、GISを用いて地形や気候データを解析しました。また、C. quadricarinatusの特異的なDNAを検出するために、定量PCR(qPCR)によるDNA解析も実施されました。

サンプリングゾーン

 

等高線マップ

 

※それぞれのゾーンについて

①レッドゾーン(Red Zone)

高度: 20〜30メートル。

特徴: このゾーンは主に住宅地やコミュニティセンター(学校、警察署、モスクなど)を含んでいます。このゾーンは特に洪水の影響を受けやすい地域で、年に数回、特に10月から3月の北東モンスーン期間中に頻繁に洪水が発生します。洪水によって、C. quadricarinatusが物理的な境界を越えて新しい地域に拡散するリスクが高まるため、侵入種の拡散にとって重要なゾーンです。研究の結果、レッドゾーンはC. quadricarinatusが最も多く見つかるゾーンであり、特に若い個体が多く確認されました。

 

②ブルーゾーン(Blue Zone)

高度: 31〜35メートル。

特徴: このゾーンは住宅地と森林が混在する地域で、レッドゾーンと隣接しています。ブルーゾーンではC. quadricarinatusの成体が多く見つかり、地元住民からも「ここで見つかるザリガニはフェルダ・テナン地域で最大のサイズである」との報告がありました。これにより、ブルーゾーンが侵入の初期地点である可能性が高いとされています。高度が若干高いため、レッドゾーンほど洪水の影響は少ないものの、雨量の多い時期にはレッドゾーン同様にC. quadricarinatusの拡散が進む可能性があります。

 

③イエローゾーン(Yellow Zone):

高度: 36〜39メートル。

特徴: このゾーンはフェルダ・テナン地区の主要なアクセス道路に隣接しており、住宅地からは少し離れています。イエローゾーンではC. quadricarinatusの物理的な存在は確認されていませんが、qPCR解析によりDNAが検出されました。このことから、まだ目に見える形で個体が確認されていないものの、将来的にC. quadricarinatusが定着する可能性が示唆されています。このゾーンは人間の影響が比較的少ないため、生息環境として安定しており、今後の拡散が懸念されます。

 

④グリーンゾーン(Green Zone):

高度: 40〜50メートル。

特徴: このゾーンはフェルダ・テナン地区の中で最も高い場所に位置しており、洪水の影響を受けにくい地域です。主にパームプランテーション(ヤシ農園)が広がっており、住宅地からは離れています。このゾーンでもC. quadricarinatusの物理的な存在は確認されていませんが、qPCR解析によりDNAが検出されています。このことから、ブルーゾーンからの拡散が進んでいる可能性が高く、特に降雨による水流がザリガニの拡散に寄与していると考えられます。

 

結果

qPCRの結果、研究地域全体の91.67%の地点でC. quadricarinatusのDNAが検出されました。特に低地であるレッドゾーンでは、若い個体が多く見つかり、降雨による水量増加が個体の拡散を促進していることが示唆されました。また、レッドゾーンに隣接するブルーゾーンでは、成体が多く見られ、この地域が侵入の初期地点である可能性が示されました。

降水量の平均

 

考察

c.quadricarinatusの分布パターンは、地形や降雨量に強く影響されていることが確認されました。特に洪水の多いレッドゾーンでは、生息地が拡大しやすく、さらなる拡散が懸念されています。高地のブルーゾーンでは、環境が比較的安定しており、個体の成長が促進されていると考えられます。また、GISとeDNAを組み合わせた手法は、広範囲の調査を効率的に行う上で有効であることが示されました。

 

結論

本研究では、GISとeDNA解析を用いてC. quadricarinatusの生息地分布を明らかにし、その拡散パターンを評価しました。特にテレンガヌ州のフェルダ・テナン地域では、91.67%の地点でC. quadricarinatusが検出され、侵入が深刻な問題となっていることが示されました。この結果を基に、侵入拡大を防ぐための適切な対策を講じる必要があり、地域住民や関係者による協力が不可欠です。今後の研究では、他の地域における生息地分布パターンの解明が期待されます。

 

出典元

https://www.ukm.my/jsm/pdf_files/SM-PDF-51-2-2023/3.pdf

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!