農耕地帯で繁殖するチュウヒの狩場環境選択について(論文紹介)

1 概要

本研究は、秋田県八郎潟干拓地において繁殖するチュウヒ(Circus spilonotus)が狩場として選択する環境を明らかにすることを目的としています。

調査の結果、チュウヒは「採草地」「幹線用水路」「麦畑」「小排水路」を狩場として特に選択しており、これらの環境では獲物の密度が高く、植生が狩猟に適していることが確認されました。

 

2 背景

チュウヒはヨシ原など湿地で繁殖する希少な猛禽類であり、日本国内では絶滅危惧IB類に指定されています。

しかし、開発や湿地の乾燥によるヨシ原の消失などにより、生息地が減少しています。

特に農耕地帯での繁殖例が増えており、どのような環境が狩場として重要かを理解することは、効果的な保全対策を立てる上で不可欠です。

 

3 研究の目的

この研究の目的は以下の2つです:

  • 農耕地帯で繁殖するチュウヒが狩場として選択する環境の特定
  • 獲物の密度と植生構造の観点から、選択の理由を評価する

この研究により、チュウヒの保全に役立つ具体的な知見を得ることを目指しました。

 

4 研究手法

4.1 調査地

調査は秋田県八郎潟中央干拓地で実施されました。

この地域は、かつて湖だった八郎潟を干拓して形成された広大な農耕地帯で、営巣地周辺には水田や麦畑、採草地が広がっています。

図 調査対象地

 

4.2 調査方法

観察手法:ヨシ原周辺の6か所に観察ポイントを設け、チュウヒの狩猟行動(飛行ルートと捕獲試行地点)を双眼鏡で観察しました。

環境分類:以下の9つの環境タイプに分類し、どのエリアで狩りが多いかを記録しました。

ヨシ原、水田、麦畑、大豆畑、採草地、幹線用水路、小用水路、小排水路、支線排水路

データ解析:一般化線形モデル(GLM)を使用し、狩り場の選択性と環境要因を統計的に解析しました。

 

4.3 獲物密度の調査

ハタネズミ、カエル類、鳥類を対象に、それぞれの環境で生息密度を測定しました。

捕獲手法:ネズミは生け捕りわな、カエルと鳥は視覚的センサス法で確認しました。

 

5 結果

5.1 狩場として選択された環境

最も選択された狩場は採草地であり、次いで幹線用水路、麦畑、小排水路が有意に選択されました。

水田は、飛行区域内で最も多かったにもかかわらず、狩場としてはほとんど利用されていませんでした。

図 チュウヒの捕獲試行地点とランダム地点の環境タイプの割合

 

表 一般線形モデルによって解析したチュウヒの狩場環境選択

 

5.2 獲物密度

ハタネズミ:ヨシ原や支線排水路で多く、採草地や幹線用水路でも比較的高い密度が確認されました。

カエル類:小排水路と支線排水路で多く見られました。

鳥類:ヨシ原と採草地(特に収穫前)が最も密度が高かったです。

 

5.3 植生構造の特徴

植生密度:採草地(特に収穫前)は高く、水田は非常に低い状態でした。

草の高さ:ヨシ原と支線排水路の草丈が最も高く、麦畑や採草地は比較的低かったです。

 

6 考察

なぜ「採草地」や「幹線用水路」が選ばれたのか?

獲物の密度が高い:ハタネズミやカエル類が豊富であり、餌の確保が容易であることが大きな要因です。

植生の適度な高さ:草丈が適度に低く、視界が確保されているため、獲物の捕獲が容易だったと考えられます。

 

なぜ「水田」が狩場として選ばれなかったのか?

獲物の少なさ:湛水状態の水田はネズミやカエルが生息しにくく、狩場として不向きだったためです。

視界の問題:植生密度が低く、狩猟効率が悪かったことも一因と考えられます。

 

その他の要因

ヨシ原の選択回避:ヨシ原は草丈が高すぎて視界が悪く、狩猟には不向きだったと考えられます。

競合の影響:複数のつがいが同じ区域で繁殖していたため、縄張り意識から回避された可能性も示唆されています。

 

7 結論

本研究から、農耕地帯で繁殖するチュウヒの狩場として最も重要なのは、獲物密度が高く、植生が適度に低い「採草地」「幹線用水路」「麦畑」「小排水路」であることが明らかになりました。

 

特に、次の点がチュウヒの生息地保全に重要です:

  • 狩場環境の維持:採草地のような草地を適度に管理し、植生を保つこと
  • 湿地環境の保護:ヨシ原は狩場としては使われにくいが、繁殖地としては不可欠であるため保護が必要
  • 生息環境の多様性確保:複数の環境がバランスよく存在することで、繁殖成功率が高まる

 

8 今後の課題と提案

地域ごとの調査の必要性:今回の結果は八郎潟の事例であり、他地域での調査が求められる

長期的なモニタリングの重要性:年次変動や環境変化による影響を継続的に確認する必要がある

→ これらの知見は、チュウヒの生息地保全計画を科学的に支援する重要な情報となるでしょう。

 

出典

高橋佑亮、東淳樹:農耕地帯で繁殖するチュウヒの狩り場環境選択(日本鳥学会誌 73(1): 23–31 (2024))(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo/73/1/73_23/_pdf/-char/ja)

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